GW 2021

2021年5月3日 日常
毎年4月の忙殺期間を経てのGW。
ワタシにとってご褒美。
馬にぶら下げたニンジンのような。
これがあるから4月は頑張れる。



2年前のGWは、たしか『10連休』
ちょっとした騒ぎだった記憶がある。
システム周りのことだとか、休日出勤がどうだとか、
まあ、ワタシは関係者ではなかったから10連休を
しっかり休ませてもらったわけなんだけれども。


この年の連休は、用事がなくても毎日実家に通い何気ない時間を過ごしたりした。
それまで父と妹が、母の看護を一手に引き受けてくれていたから
ふたりへの労いも兼ねて。
妹も休職中だったし、今振り返ってみても
毎日家族と過ごしただけだったけど スゴく楽しかった。



今年も違う目的ではあるものの、ステイホーム。


ていうか、GWっていつも街が混むからイヤ。
旅行なんて行く気もならない。笑

結果的にいつものステイホーム。
有意義に過ごそうじゃないか。




母を想う

2019年6月19日 日常
母が亡くなって1か月が経った。

葬儀ではあまり涙は出なかったが、そのせいか
今でも時折ものすごく、どうしようもなく、泣きたくなるときがある。

でも、母とのやり取りを思い出すうちに、
「ぷっ」と吹き出してしまうような場面ばかりで
涙はスッと引っ込んでしまうのだ。

記憶が薄れて行く前に そんな話もいくつか記しておこうと思う。
熊野倶楽部宿泊者が申込みできる「語り部ツアー」を事前に申し込んでおいた。
松本峠 ひとり2,500円。
一夜漬けの知識であれこれ想像して見歩くのもありだが、
せっかくの世界遺産。ここは多少費用がかかっても、プロのお話を聞きながらちゃんと見ておこうと思ったのだ。

熊野倶楽部のマイクロバスが花の窟まで送ってくれて、語り部さんと合流。
この日の語り部さんは、ワタシたちのお母さんくらいのご年齢とおぼしきコロンとした小柄な方だった。

語り部かあさんは、身の上話を交えながらのガイディング。
マニアック過ぎることもなく・・・・時々趣味で作られているという俳句の披露があったりもしたが・・・・ワタシたちにはちょうど良かった。
紀伊半島ぐるり旅 ③熊野倶楽部
紀伊半島ぐるり旅 ③熊野倶楽部
相方の頑張りのおかげで、16時半過ぎ まだ明るいうちに到着することが出来た。

今回の日程 3泊するなかで一番期待度の高いお宿だ。
とにかく敷地が広々していて、離れになった客室もあったりしたのだが
移動が大変そうだったので、「独立した特別感」は断念。

部屋は 部屋番号 ではなく、植物の名前などが付けられていて
部屋の鍵には、その部屋の名前が書かれた木札のキーホルダーがぶら下がっていた。
なんだかぬくもり感じるわぁ。

チェックイン時、フロント係がエリアマップのようなものを広げて説明を始めた。
お部屋はこちらの建物。お食事はこちら、そしてお風呂が・・・
おぅ?!敷地内に役割ごとの建物が点在しているのか。
離れじゃなくても結局別な建物だったようだ。

それにしても明るいうちに到着出来て良かった。
この全貌を知らないまま、夜道を歩くのは至難。
敷地内では巡回バスが15分おきに走っているが、我々の場合、待っている間に歩いて行けば着いてしまうくらいの距離感。
ただ・・・・斜面なのが良くも悪くも。盲点だった。眺めは良いが、登りはツライよ。笑

食事は夜も朝も大満足だった。
夜食用にさんま寿司(鯖寿司のさんまバージョン)がついていたのだけれど
食事に満足してテーブルに置いてきてしまったのが、最大の失敗。
(※これは翌朝チェックアウトしてから、のちに思い出して発狂したのだった。)

ほかの宿泊客がおらず、お風呂も貸し切りのように満喫。
小雨が降り始めていて、露天風呂はせっかくの寝風呂も数秒で切り上げた。
きっと晴れていたら満天の星空がおがめたことだろう。。。



星野リゾートのような類のホスピタリティ。
まぁ、星野リゾートも一度しか泊まったことないけれどね。笑


■里創人 熊野倶楽部:https://www.kumanoclub.jp/
紀伊半島ぐるり旅 ②名勝各所
紀伊半島ぐるり旅 ②名勝各所
紀伊半島ぐるり旅 ②名勝各所
うたた寝しているうちに無事に南紀白浜空港に到着!
あっという間の80分のフライトだった。

空港ではレンタカーの受け取りも順調。
早速 車に乗り込んで、今夜の宿泊先「熊野倶楽部」への道すがら
海岸沿いの名勝見学。

まずは「千畳敷」
軽石のような比較的柔らかい岩は、心無い人々の落書きが彫ってあり
少し残念な気持ちになったが、顔をあげれば
キャラメル色の幾層にもなった岩盤が目の前に広がる。
まさに千畳。

直ぐ近くにあった「三段壁」には三段壁洞窟を見学できる施設(?)も併設されていたが
この日はあいにく休館日だったので、突き出た高台から崖っぷちを眺めて終了。
 ■三段壁洞窟:http://sandanbeki.com/
 入館料が妥当かどうかは、見ていないのでノーコメント。。。


その後2時間ほど車を走らせて到着したのは「橋杭岩」
名前の通り橋の杭のような岩。
とにかく風が強くなってきていて寒かった~。
「はい 見た!写真?撮った!すごいねー。天然の橋げただよ~。」
滞在時間はほんの数分。寒さは敵である。



雨の予報が出ていたので、空が暗くなってきたのが気になり始めた。
待ちに待った連続休暇。

休暇の最初3日間は飛ばして、今回の旅行記を書き始めます。

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今回 和歌山県は、熊野古道の体験とパンダに会いに行く旅。
ここ数年と同様に、飛行機で現地入りしてレンタカーでめぐることにした。

飛行機は2年前のトラウマがあり、空港到着は早め早めに。笑
しかしながら通勤時間帯にトランクを持って移動はイヤだねと、空港行きの連絡バスを利用することに。

とは言え、道路だって通勤時間帯なのだ。
乗るや否や、運転士から渋滞遅延が予想されますのでご了承くださいとのこと。

・・・ですよね。

途中ソワソワした箇所もあったけれど、ほぼ時間通りに空港に到着することが出来てひと安心。
ネットで手配した航空券。タッチ&ゴーなる効率的なシステムらしいけど
ワタシのスマホは画面に貼ったフィルムのせいでうまいこと機能しなかった。

普通にチケットを出力することになったけど、ここまで順調。
(始まったばかりだけど・・・笑)


冬休みの宿題・・・・?!
知る人ぞ知る、大人のレゴ。ナノブロック。

オカメインコは人気で、通販サイトAmazonでは高値となっていたくらいだったのだが、ひょんな暇潰しで見ていたら
復刻版が安く出ており、念願かなってゲット!

送料を惜しみ、他にモモイロインコやベニコンゴウインコも併せて購入。

届いてみると・・・・


モモイロインコとベニコンゴウインコは既に買っていたという
お間抜けな話。

週末からいよいよ休暇に入るので、冬休みのお楽しみにすることにした。
ディスプレイケースも買ってこなくちゃ☆


来月に休暇を控え、先週、バタバタバタ~っと旅行の手配を終えた。

欠礼状も発注していたものが届いたのに、宛名印刷の着手が遅れていたけど、
プリンターのインクを買ってきて ようやく相方が動いてくれた。笑
弔事用の切手を調達してポストへ。

些細でも、やりかけが溜まるといろいろ面倒。
慌ててやると、ろくなことにならないし。
(でもそんな時の直感力ってスゴイと思うときもある笑)


今年の旅行先は・・・・

決まったとたん楽しみ度合いが増した。
期待するとちょっとしたことで落胆差が出てしまうので
最低限の下準備だけに留めておこうと思う。
むふふ。

母子手帳

2018年11月7日 日常
週末に母を訪ねた際に「これ 渡しておくわ」と見せられた
母子手帳。
それから、幼稚園でもらった写真入りのお誕生日カードと
日々の登園スタンプが押された連絡帳、各二年分。

先生のコメントとともに母のコメントも書いてあった。

ありきたりのことしか書かれていなかったけれど、
いつか懐かしんで見返すこともあるかもしれない。

あいにく現代の母子手帳をよく知らないが、
ワタシの出生記録が書かれた母子手帳は、それはそれは「昭和」漂う年代物だと感じたのは言うまでもない。

午前0時に陣痛が始まり、翌日午前3時破水、4時に生まれたと記されていた。
は?!話では聞いていたが、24時間以上も苦しんだのか!
ワタシが読み上げると母上、「ひどい目に遭ったわ」と一言。

マジか・・・・そんなこと言う?笑



帰宅して、またそれをしみじみと眺めながら
相方にも有るのでは?とたずねたら、出生は海外だそうな。
有ったとしても「昭和」感は無いかもね。
有るなら見てみたいな。



子犬

2018年10月28日 日常
日々の買い物、今週も。
相方と、ふたりとも何やら「癒されたい気分」だったようで
言葉を交わすこともなく、足がペットショップに向かった。

ショッピングモールの一角にあるペットショップ。
時折ガラス越しに眺めては、目をハートにして癒されているのだが、
この日は空いていた。

値段の下げられた黒チワワの子犬をあれこれ話していたら、
店員さんが話しかけてきて、やがて子犬を出してきてくれた。
「冷やかしですから~」と遠慮したけど、人慣れのためにも出してやるんですよ。と言うので
内心はキュンキュンしており、抱かせてもらうことに。

営業上手なメスの子犬だった。
成猫と変わらぬ大きさ。ワクチンも終わっていて散歩にも行ける段階だと言う。
悪く言えば売れ残り なのかもしれない。

まだペットを迎え入れる準備ができていない。

心を鬼にしてその場を後にした。



あああぁぁ・・・・かわいかったなぁ~

結局 先週は着なくなった服を片付けた。
20Lのゴミ袋くらいの量だから、ホンのわずかではあったけれど
それでも心なしか気持ちが晴れた。

今週は、

室内干しのラックを8月初旬に買っておいたものに取替えた。
ここにも着なくなった服が。
リメイク材料や掃除に使うつもりで、ラック下の箱に山積みにしてあった。

この夏 着れば良かったと思うような、部屋着のスウェットワンピや
Tシャツなどが出てきた。
早く片付ければ良かった。


角ハンガーなどを我ながらうまく括り付けて
惚れ惚れと眺めては、相方にも褒めてもらおうかと声をかけたけど
ビミョウな反応で、きっと自己満足なんだろうと思った。笑

ここにはまたS字フックを買い足して、もう少し安定感を増すことができるだろう。
ポイントを利用して、2,800円で仕上げた室内干しコーナー。
また惚れ惚れと眺めていた。

考えてみたら、ワタシの担当エリアだ。
相方に自慢するのは無意味だわね。ははは。



ガラケー 5台

2018年10月7日 日常
思い立って携帯電話を整理した。
今はもうガラケーと呼ばれる、折り畳み式の携帯電話だ。

あちこちからかき集めたら、5台になった。

うっかりなのか 本体に残された古い写真、メール、アドレス帳など削除作業を始めた。
メールもいつのものやら、
あら、結婚前のものもあるわ。懐かしい。

お迎えして間もない頃のハロの動画。
画像の悪さが笑えるけど、動くハロの姿を見るのは久しぶり。
手触りや感触がにわかによみがえる。

ざっと10年以上前からの歴代の携帯電話たち。
ええーい!片付かないから一気に消してしまえ。リセット!


暗証番号を危うく忘れかけていたけど、奇跡的に指が覚えていた。


ドコモショップで回収してもらった。
各種カードの抜き取り確認。書面にサインして、
ごっついパンチのような道具で グスリ・・・グスリ・・・・と
物理的破壊処置を見届けたら、手続き終了。


さようなら。

次はスマホの整理かな。笑
※あくまでも個人の感想です。あしからず。

梅田の地下街は、縦横無尽に人が動き歩いている。
時刻は帰宅ラッシュの頃合いだ。
みな上手に人を交わしながら わが道を行く。

慣れない町で、行き先もおぼろげ、あたふた わたわた・・・・出張土産にあちこち寄り道するも、
この人の波に、東京と差ほど変わらぬ人数なれど、ついて行けないワタシがいた。笑

梅田の人々は何でこんなに上手に交わしながら歩けるのだと、
感心しつつも気がついた。

歩きスマホしている人が居ない。東京に比べると。

安全で何よりだが、こんなにも縦横無尽に歩く人の中では
そもそも無理な話だ。
ましてや梅田の地下街はまるでアリの巣のように複雑。
よそ見をしていると、あらぬ方向に着いてしまいそう。

東京の人の波は、向かう方向に流れが出来ている。
まるでアリの行列。

アリの巣とアリの行列・・・・。

どちらも働き者だね。

初めての出張

2018年9月20日 日常
んー・・・・、思い出そうと試みたけど、初めてだと思う。

出張先は大阪。
部長の出張に同行する形ではあったけど、ホンのちょっち旅行気分も・・・・無きにしもあらず。笑

この先また早々に機会があるとは思えないので備忘的に記事。


始まりはホテル選びからだった。

同行させていただく部長は女性であり、部屋はツインかと思って探していたけど、
部長から即修正が入った。笑

予め決められた予算内でシングルを探す。。。
レディースプラン♪おまけがあるぞ!と意気揚々と部長に伝えたら、
他のホテルのレディースプランを部長も見つけてくれていたようで、
しかも予約してくれていた。
(ナイス!部長・・・・泣)

新幹線はネットで予約。
部長に教えてもらいながら、肩を並べてスマホを手に
空席を見ながら いっせーのせーで ポチ!っとな。
二人席横並び。

後から 営業経験のある人から聞いた話によると、
新幹線の席は縦に取るものなんだって。
そりゃいくらなんでもやりすぎだろ。
部長と一緒に予約したんだから、そこはきっと大丈夫。うん。



ワタシは父の兄たちが両隣に住む、少しだけ特殊な環境で育った。
幼なじみは従兄弟たちだ。
特に年の近い従姉の両親は、本来ならば伯父伯母なのだが
「パパ」「ママ」と呼ばせていただいていた。
ちなみに自分の両親は「お父さん」「お母さん」である。

小学生の頃は帰宅と同時に近隣の原っぱで、日が暮れるまで泥んこになって、
独自のごっこ遊びを繰り広げていた。
思い起こせば当時の親たちの年頃・・・いや、それ以上になっている。

そんな従兄弟たちがまた集結した。
ママさんが闘病の末に逝ってしまった。10日未明のことだったそうだ。



初夏の頃、従姉にこの夏越えられないかも知れないと聞いて
8月の従姉の誕生日の折りに、久しぶりに隣の家にあがりこんだ。
ケーキはいろんな成分が使われていて気になったので、スイカを丸ごと持って行った。
リビングでたわいもない話をして、いつものようにじゃあね~と おいとました。

その後の話で、ママさんが「ワタシも食べれる!」と言って一番喜んでいたと聞き、
いつも計画倒れしてしまうワタシだけれど、行動を起こして本当に良かったと思った。

ただただ寂しい。
明るくて元気いっぱいのお洒落が大好きなママさん。

裏口から「いる~?」という大きな声と同時にガラッと扉が開いて、
手には漬け物が入ったビニル とか、おかずのお裾分け とか 果物だったり。
時にはテレビを見ているのかおおはしゃぎしている声が隣の家から漏れ聞こえるのも
ママさんの声。

思い出すと懐かしくて思わず顔がほころぶんだけど、なぜか涙が出ちゃう。

美容院の予約もろもろが面倒なあまり、自らヘアカットを。

前髪じゃなく、えり足。

えり足のくせ毛がひどく、人並みに短くできないため、
そこそこの長さをキープし続けなければならない事情がある。

でも毎月美容院に行くのは、面倒な以前に
コスパの問題が大いにあるのだ。

ヘアカラー(もはや白髪染めだけど)もしてもらうと、
一気に一万円近くもかかってしまう。

ヘアカラー剤は ロングの頃から使用している
複数回に分けて使えるものを買い置き、気が向いたらすぐに出来るようストックしてある。

カミソリを片手にあわせ鏡。
こんな作業は、ワタシにとって爪を切るのと同等レベルの作業。

こうしてまた美容院に行く日が遠のくのよね~。

山口県で行方不明となっていた2歳の男の子が無事に発見されたというニュース。
発見したのは、捜索活動のボランティアで参加していた78歳の男性だったという。

明けて今朝、朝のニュース番組で 発見したときの話の取材を受けていた男性。
白髪混じりの短髪、浅黒く灼け、小柄ながらもまるで年齢を感じさせないガテンな見た目に加え、
饒舌に発見時の状況や男の子の様子を語る。

「見たことある!この人!」

そう。数少ないボランティア経験の、
南三陸町に行った際に指導して下さった、あのおっちゃんだったのだ。
おっちゃんとの出会いはその一度きりだったが、強烈に覚えている。
現地のかたはもとより、ボランティアで訪れた我々にも元気とやる気を与えてくれた。

変わらぬそのお姿。
おっちゃんが生涯受けるであろう「ありがとう」は、きっと誰よりも多く数えきれないものになるんじゃないかな。
おっちゃん スゴいや!
朝から感動したよ!ありがとう!


◾️おっちゃんに指導を受けながら土嚢作りをした日の話
http://kerodaru.diarynote.jp/201110232256138803/




創作活動

2018年8月12日 マイブーム
創作活動
創作活動
古いワイシャツを短冊状に切りまくる。
何をするかというと・・・・。

DIYやリメイクで検索すると、色んなアイデアが転がっているもので、これもそのひとつ。
以前ならばパッチワークの材料だとか、コースターやランチョンマットなどもあったのだろうけれど、一風変わったアイデアがあり
いつかやろうと 目をつけていたものである。

土台となるのは100均ショップで手に入る、格子になった滑り止めマット。
ここに短冊をひとつひとつ結んでいくのだ。

正直、気の遠くなる作業だし、糸屑がスゴい。
でもだんだんコツをつかんできて、格子の縦に結びつけるか横に結びつけるか、
あるいは結び方も 右を上にして結ぶか 左を上にして結ぶか、
ちょっとしたアレンジを加えてみたり。

糸屑問題は、取れるところまで取りきるしか・・・・ないかな。笑
だってそういうものなんだもん。

さぁ、仕上げまで飽きずに出来るか?!
朝からめまいが止まない。
こんなに長くめまいが続くなんて、普通じゃない。

意を決して 苦手だけど診察を受けに、仕事を抜け出して行ってきた。
原因は、消去法だが「耳」のようだった。
血圧は、まぁ低めだけれども許容範囲。
頭の中は(そのままCT検査の結果)、異常なし。

あのフワフワした感じ、実に奇妙な体験だった。

耳には平衡感覚をつかさどる役割もある。
幸い吐き気や耳鳴り、頭痛といった症状はなかったけれど、いわゆるメニエール病はめまい症状の延長線上にある。

夜には概ね治まり、処方された薬も飲み始めた。
先週に人間ドックに行ったばかりなのに、出来れば病院にはあまり世話になりたくないものだ。

それにしても画像診察・・・・CTは高かったなぁ~

お義母さん

2018年7月9日 in my mind
朝早く相方の母が亡くなった。
ワタシが嫁いで4年目頃にパーキンソンが発覚し
それから様々な症状を併発しながら、徐々に、ゆっくりと、悪くなっていった。

本当にゆっくりだったので、まだもう少し先のことだと思っていた。


もう数年前から名前を呼んでもらえることもなくなってしまったけど、
なんだか馴れ馴れしい人、くらいには思ってもらえてたかな。笑

最後にきちんと話せたのはいつのことだか、覚えていないけど、
お義母さんとお義母さんを支える献身的なお義父さんから、たくさんの大切なことを学ばせていただいた。


お見送りの前に、少し気持ちの整理をしたくて。

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